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盛岡地方裁判所 昭和42年(わ)210号 判決 1969年4月16日

被告人 松尾初太郎 外二名

主文

1、被告人松尾初太郎を懲役五年に、被告人畠山永光を懲役一年に、被告人竹高正暢利を懲役一〇月に、それぞれ処する。

2、未決勾留日数中、被告人松尾初太郎については二七〇日を、被告人畠山永光については六〇日を各自の右本刑に算入する。

3、被告人竹高正暢利に対しては、この裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予する。

4、訴訟費用は全部被告人松尾初太郎の負担とする。

理由

(被告人らの経歴等)

被告人松尾初太郎は中学校卒業後、岩手県立農業試験場の営農指導所で三年間学び、そのかたわら北海道野幌高等酪農学校の通信教育を受け、その後福島県の日本酪農講習所に入所して家畜の人工授精師の資格を取得し、昭和三九年一〇月から岩手中央酪農業協同組合に人工授精師として就職したが、昭和四二年八月末頃から無断欠勤を続け、その頃購入した乗用車を乗り廻して岩手県内各地を遊び廻るなど次第に生活に乱れを見せ始めていたもの、被告人畠山永光は肩書地において家業の農業を手伝うかたわら、農閑期には土工として出稼ぎをしていたもの、被告人竹高正暢利は地元の菅原建設工業株式会社に潜水綱夫として勤めていたもので、被告人松尾と同畠山は居住地が同じ村なので幼い頃からの知り合いであり、被告人松尾と同竹高は、松尾が竹高の弟と友人関係にあつたことから知り合いとなつていたものである。

(罪となるべき事実)

第一、被告人松尾は自動車運転の業務に従事していたものであるが、

一、昭和四二年九月一五日午後、被告人畠山を自己の運転する普通乗用自動車(岩五そ七二七二号)に同乗させて盛岡市内に出かけ、同市内で右畠山と一緒に飲酒、パチンコ等をして遊び、同日夕刻頃同市を発つて帰途についたが、なおその途中、岩手郡滝沢村の通称一本木の自衛隊裏門付近の飲食店二軒に立寄つて飲酒し、同日午後一一時過ぎ頃、再び右畠山を助手席に同乗させて前記自動車を運転して右一本木を出発し、県道盛岡十和田線を十和田方面に向かつて時速約九〇キロメートルの高速で北進し、岩手郡滝沢村大字滝沢第二四地割字後二六八番地先道路にさしかかつたのであるが、およそ自動車運転者たる者は法令に定められた最高速度(六〇キロメートル毎時)を守ることは勿論、常に進路の安全を確認して進行し、もつて歩行者等との衝突等による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があり、しかも被告人松尾は右進行中、いつたんは道路前方左側約三八メートルを同一方向に歩行中の八重樫伍郎(当時三四年)の姿を認めているにもかかわらず、同人に接近した場合には自己のハンドル操作によつて、その右側を通過できるものと過信し、運転開始前に飲んだ酒の酔いの影響もあつて何ら減速することなく、漫然前記自動車を疾走させた業務上の過失により、前方約一八・八メートルの地点に至つて、右八重樫が道路中央寄りに出てくる素振りを示したことから初めて危険を感じ、とつさにハンドルを右に切つたが間に合わず、右自動車左前部を同人に激突させて、同人を右自動車のボンネツトの上面にはねあげたうえ、頭部をフロントガラスに突つ込ませ、さらに路上に落下転倒させ、よつて同人に対し、頭部損傷、肝破裂等の傷害を負わせ、よつて右傷害により翌一六日午前三時頃までの間に、同所から岩手県岩手郡滝沢村分れを経て青森県三戸郡三戸町大字梅内蕨久保地内の道路までの間を走行中の、前記自動車内において同人を死亡するに至らしめた

二、前記のとおり右八重樫伍郎は前記日時、前記事故発生の道路上において、交通事故のため頭部損傷等の傷害を負つて意識不明となり、自らの力で正常な起居動作をすることが不可能となつていたのであるから、被告人松尾には右八重樫を直ちに最寄りの病院に搬送して救護し、もつてその生存を維持すべき法律上の義務があるにもかかわらず、同人が未だ生存していることを認識しながら、同人を病院に搬送することによつて、自己が前記犯行の犯人であることが発覚し、刑事責任を問われることをおそれるの余り、同人を救護する意思を放棄し、前記犯行後直ちに同人を前記自動車助手席に運び入れたうえ運転を継続してその場から逃走し、前記のように滝沢村の分れを経て国道四号線を青森方面に向つて走行を続け、もつて被害者の救護その他必要な措置を講じないで保護を要する者を遺棄した

第二、被告人松尾、同畠山の両名は共謀のうえ、

一、前記被告人松尾の犯行を隠蔽することを企て、同年九月一六日午前三時頃、前記青森県三戸郡三戸町大字梅内字蕨久保八九の二地内の道路において、前記のとおり走行中の自動車内で死亡した前記八重樫の死体を道路脇の崖下に投げ棄て、もつて死体を遺棄した

二、同日午前七時頃、青森県三戸郡階上村大字道仏字耳ヶ吠三〇一付近において、前記のとおり八重樫伍郎が死亡した後、前記崖下に遺棄されたことにより、同人の占有を離れその相続人八重樫ヒサ二名の共有に帰したが、まだその占有に属さない状態のまま前記自動車内に置かれてあつた、自動車運転免許証および現金一万一、五七〇円位在中の黒皮製免許証入れを、自己らにおいてガソリン等を購入する費用にあてる目的で、ほしいままに着服して横領した

第三、被告人竹高は右同日午前八時三〇分頃、岩手県九戸郡種市町第二一地割三四番地の被告人竹高宅を訪れた被告人松尾、同畠山の両名から、同人らが前掲第一および第二の刑事々件を起したことを聞き知るや、右両名のため証憑を湮滅しようと企て、右被告人竹高宅前庭およびその付近の畑において、右両名とともに、右刑事々件の証拠となるべき前記自動車助手席に付着した血液を洗滌し、前記免許証および免許証入れを焼燬し、もつて右両名の右の刑事々件に関する証憑を湮滅した

ものである。

(証拠の標目)(略)

(主たる訴因に対する判断)

被告人松尾に対する本件公訴事実につき主たる訴因は

「第一、被告人松尾は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、

一、昭和四二年九月一五日午後一一時過ぎころ、普通乗用自動車(岩五そ七二七二号)を運転し、岩手県岩手郡滝沢村大字滝沢第二四地割字後地内道路を時速約九〇キロメートルで北進中、法令に定められた最高速度(六〇キロメートル毎時)を守り、進路の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、進路の安全を確認しないまま漫然前記高速度で疾走した過失により、道路前方左側を同方向に歩行中の八重樫伍郎(当時三四年)に自車前部を激突させて転倒させ、よつて同人に対し頭部損傷等の瀕死の重傷を負わせた

二、前記のごとく交通事故をひき起し、このため前記八重樫が前記の傷害を負つたのであるから同人を保護すべき責任があつたにもかかわらず、前記犯行の発覚を免れるため救護を断念して逃走を企て、病院に搬送し医師の手当を求めるなど同人を救護しなければ同人が死亡するかもしれないことを認識しながらこれもやむを得ないと決意し、直ちに同人を前記自動車助手席に同乗させて同所を発車し、同所から青森県三戸郡三戸町大字梅内字蕨久保地内道路まで約八九キロメートルの間なんら救護措置をとらずに走行し、その間走行中の同車内において同人を前記頭部損傷等により死亡させ、もつて同人を殺害した」

というのである。しかして本件はいわゆる不作為による殺人罪として起訴されたものと解されるが、講学上不真正不作為犯は行為者に結果発生を防止すべき法律上の作為義務があり、結果発生を防止することが可能であるのに、その防止のため相当な行為をなさなかつたことによつて、ある作為犯の構成要件が実現された場合に認められるものと解すべきところ、弁護人は事故後直ちに救護措置をとつても、被害者八重樫(以下被害者と略称する)の死の結果を防止することはできなかつた旨主張するので、まず本件における被害者の救護可能性につき検討する。医師桂秀策作成の鑑定書、同人の供述、被告人松尾、同畠山の各供述調書を総合すれば、本件事故発生直後被害者は頭部にかなり重大な損傷を受け、意識がなく、呻き声も出さないままであつたこと、死因は脳損傷または外傷性シヨツクと考えられるが、そのいずれにしても、肝破裂の程度と腹腔内出血の量とを勘案し、受傷後長時間、たとえば数時間も生存していたものとは思われず、短かくて数分、長くても数時間後に絶命したと認められ、右事実に照らせば、仮に被告人松尾が被害者を事故後直ちに最寄りの病院に搬送して救護措置を受けたとしても、死の結果を回避することができたとは認め難く(病院へ搬送しないという不作為と被害者の死の結果との間に因果関係が認められないことになる)、加えて前掲各証拠によつて当時の被告人松尾の被害者の容態に対する認識内容について検討してみても、同被告人が当時、被害者を直ちに最寄りの病院に搬送すれば救護可能であると考えていたとは認め難く(検察官はこの点に関し、仮に本件不作為と被害者の死の結果との間に因果関係が認められないとしても、救護義務者たる被告人松尾が被害者の死の結果を認容しながら、敢えて未だ生存している被害者を病院に搬送しないという不作為に出ることにより被告人松尾に殺人未遂罪が成立すると主張する。しかしながら本件において殺人未遂罪が成立するためには、被告人松尾において、被害者を病院へ搬送して治療を受ければ救護可能であると考えていながら、敢えてその意思を放棄し、病院に搬送しないという不作為に出ることを要するものと解されるので、検察官の右主張は採ることができない)、結局本件殺人の訴因については、因果関係、および故意につき証明がなく、これを積極に認定することができない。しかして前掲医師桂秀策の鑑定書によれば、前記被害者の死因の直接原因は頭部損傷等の傷害によるものと認定するを相当とするところ、右傷害は被告人松尾の運転する自動車との判示衝突による以外、これを認むべき証拠が存在しないから、判示のように予備的訴因たる業務上過失致死の訴因を認定した次第である。

(窃盗の訴因を占有離脱物横領に認定した理由)

本件公訴事実中第二の二の訴因は、「被告人松尾、同畠山の両名は共謀のうえ、昭和四二年九月一六日午前七時頃、青森県三戸郡階上村付近において、八重樫伍郎所有の現金約一万一、五七〇円位および自動車運転免許証在中の黒皮製免許証入れ一個を窃取した」というのである。右犯行時たる九月一六日午前七時頃には右八重樫は既に死亡していたことが明らかであるが、検察官は、被告人松尾は右八重樫を死亡させた責任者であること、被告人両名は右八重樫の死亡後間もなく右財物を奪取したものであることを理由として、かような場合には死者の占有を犯したものとして窃盗罪が成立すると主張しているものと解されるので、以下本件において右財物につき既に死亡している八重樫自身の占有を認めることができるか否かについて考察する。しかして刑法上財物に対する占有の有無を論ずるにあたつては、単に財物所持者の死亡という事実のみをとらえて画一的に決定することは適当でなく、財物奪取の際における具体的事情(財物奪取者の被害者の死亡に対する責任の有無、死亡と財物奪取との場所的、時間的接着性ならびに機会の同一性の有無等)をも考慮したうえ、なお死者において財物を占有しているものとの評価を与えることが相当な場合には、死亡後の奪取行為を窃取行為と認めることができると解すべきである。しかし、これには当然一定の限度があり、たとえ財物奪取者が被害者の死亡に対し責任を有する場合であつても、死亡後既に相当の時間を経過し、あるいは死亡場所とまつたく別の場所で、まつたく別個の機会に財物を奪取したようなときには、もはや死者の占有を犯したものとは言い得ないものと解するのが相当である。そこでこれを本件についてみるに、関係各証拠によれば、本件免許証入れは被害者八重樫の胸ポケツトに納められていたものであるが、同人の死体遺棄現場までの走行中の車内で、被告人畠山が被害者の身元を知りたいと思いこれを取り出したところ、その中味を改める前に後方から来た自動車のライトで車内を照らされたので、そのまま助手席の八重樫の頭の横に置いたため、その後の同人の死体遺棄により車内に残留されたもので、右遺棄当時被告人らにおいて特に右免許証の存在を意識し、これを領得する意思はなかつたこと、その後被告人らは種市方面に向い走行しているうち、被告人畠山が八戸市をすぎてから右免許証入れの中味を改め、在中の現金を取り出し助手席に並べたりした後死体を遺棄した現場より約三五キロメートル走行した場所において、(被害者の絶命後四時間ないし八時間位経過した頃と考えられる)ガソリンを給油した際、前記のように取り出していた一万一、五七〇円位の現金の一部を、被告人畠山が同松尾の了解のもとにガソリン代の支払いにあてて費消したという事実が認められるのであつて、被害者を死に至らしめた後、直ちに被害者の居室とか、着衣から金品を持ち去るというような、外形的に窃取行為と区別できないような形態の犯行ではなく、したがつて、たとえ被告人松尾が被害者八重樫を死亡させた責任者であるとしても、前記したような状況の認められる本件においては、被告人らが前記のガソリン代を支払つた時点において、もはや死亡した被害者八重樫に本件免許証入れの占有を認めることはできないものと解すべく、結局本件窃盗の訴因はこれを認定することができないが、なお右認定のとおり被告人両名が前記免許証入れ在中の金員を費消した際、右免許証入れおよび在中金品を自己らにおいて領得する意思を対外的に表示したことが明らかであり、そうだとすれば前記被告人両名の行為は占有離脱物横領罪に該当すると認められるので、判示のとおり認定した次第である。(なお右のように認定することは、公訴事実の同一性を害するものでなく、かつ弁護人の弁論とも対照し当該被告人らの防禦上不利益を来たすものでもないと解する。)

(法令の適用)

被告人松尾の判示第一の一の所為は、行為時においては、昭和四三年法律第六一号刑法の一部を改正する法律による改正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては、改正後の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があつたときにあたるから刑法六条、一〇条によることとし、判示第一の二の保護責任者遺棄の点は同法二一八条一項に、道路交通法違反の点は道路交通法一一七条、七二条一項前段に、判示第二の一の所為は刑法六〇条、一九〇条に、判示第二の二の所為は同法六〇条、二五四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するところ、判示第一の二の保護責任者遺棄と道路交通法違反とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い保護責任者遺棄の罪の刑で処断することとし、判示第一の一の罪については所定刑中禁錮刑を、判示第二の二の罪については所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条によりもつとも重い判示第一の二の保護責任者遺棄罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を処断すべきところ、情状について考察すると、同被告人は本件犯行当日数回にわたり飲酒し、相当酩酊し、運転感覚がかなり鈍くなつていたにもかかわらず、自己の運転技術を過信し、制限速度をはるかに越える猛スピードで自動車を運転して人を轢き殺したうえ、なお右犯行を隠蔽しようとの悪質な動機から、被害者を病院に搬送せず、死んだら捨てるという意図のもとに頻死の被害者を自車に乗せたまま約九〇キロメートル余走行し、被害者が絶命したのを確認するや被告人畠山の協力を得て、その死体を人目のつかない場所に棄てたものであつて、その行為は人間の生命に対する尊厳さを見失ない、死者に対する畏敬の念を忘れた極めて卑劣にして冷酷、非人道なものといわなければならない。しかも右犯行後同被告人は被告人畠山とともに被害者の所持していた金員を発見するや、これを自己らの飲食、遊興に費消する等大胆不敵な行動に出ており、加えて本件が当初いわゆる一本木交通殺人事件と称されて報道され、当地方の人心に不安を与えた影響の大なることを考え併せるならば、被告人の責任はかなり重大である。

しかしながら、同被告人は今日まで道路交通法違反で二度罰金刑に処せられたことがあるほかにはさしたる前歴もなく、比較的平穏に過ごしてきたこと、被告人の父親その他親族においても本件犯行につき痛く責任を感じ、民事訴訟で係争中であるがとりあえず被害者の遺族に五〇万円を支払い、今後もできるだけのつぐないをしたいと誓つていること等、同被告人にとつて有利な事情も認められるので以上を総合考慮して、同被告人を懲役五年に処する。

被告人畠山の判示第二の一の所為は刑法六〇条、一九〇条に、判示第二の二所為は同法六〇条、二五四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するが、判示第二の二の罪について所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役一年に処する。

被告人竹高の判示第三の所為は刑法一〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役一〇月に処する。

なお被告人松尾、同畠山両名に対し、いずれも刑法二一条を適用して、未決勾留日数のうち、被告人松尾については二七〇日を、被告人畠山については六〇日をそれぞれその刑に算入し、被告人竹高に対しては、同被告人は自ら進んで証憑湮滅行為に出たものでなく被告人松尾に頼まれて、同人と畠山の罪証隠滅工作の手助けをした程度のものであると認められること、これまで前科前歴がなく本件については現在深く反省悔悟していると認められること等の情状により、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予することとし(なお、被告人畠山に対し執行猶予を付すべきか否かにつき当裁判所は慎重に検討したけれども、同被告人は被告人松尾より五年も年長者でありながら、自動車運転中の松尾と一緒に多量の酒を飲んだり、また事故発生後も松尾の違法行為に対し、これを制止するべきであるのに逆にこれに協力するなど、遵法意識が極めて稀薄であることが窺われ、その他本件が社会に与えた衝撃、犯行後松尾とともに被害者の所持していた金員を費消した行動等を併せ考えれば、被告人畠山の責任は軽からぬものがあり、同被告人にはこれまで前科前歴がなく、本件が発覚した後は素直に捜査官に事実を自供し、悔悟反省の態度を示していること等、同被告人に有利ないつさいの事情を斟酌しても、同被告人に対しては実刑をもつて臨むのが相当であるとの結論に達した)、訴訟費用については刑事訴訟法二八一条一項本文を適用して、全部これを被告人松尾に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 和田保 白石悦穂 鈴木勝利)

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